銀閣寺に行く

ここ十年くらい、わたしは京都に通っています。わたしにアレクサンダー・テクニークを教えてくれた先生が京都に住んでいて、講師の資格を取得した後も折に触れて知識を深めたいと思い、関西方面で開催される講演やセミナーに参加したりする時に会いに行っているからです。ところがこれだけ京都に通っていてもいわゆる観光地というにあまりいっていないんですね。これはもったいないなぁと、思っていたところに友達が銀閣寺に行こうと誘ってくれたので、これ幸いと行くことにしました。

銀閣寺

銀閣寺

観光都市京都

京都に十年近く通って思うのですが、年々国籍を問わず着実に観光客が増えている気がします。とくにアメリの旅行専門誌で人気観光地ランキング一位をとって以来、国外からの観光客がドッと増えました。しかし幸いにも今回、わたしが銀閣寺に行ったときはそんなに観光客は多くいませんでした。おそらくこの時期は、紅葉の季節の前なので、人が少なかったのだと推察されます。

京都を一望

京都を一望

小学生以来

銀閣寺にいったのは小学生の修学旅行以来です。当時の記憶では、その地味なたたずまいに「あんまり面白くない所だなぁ」と思っていました。ところが大人になってあらためて銀閣寺を見ると実に月並みな印象ですが、子供の頃とは真反対で、「素晴らしいなー」のひと言です。品があって、見ているだけで心が洗われるようです。

 

海がある!

銀閣寺の庭を見て、びっくりしました。そこに波があったからです。その波を見ているとなんとも言えない穏やかな気持ちになりました。とはいえ京都に海があるはずはなく、その波の正体は砂で作られた凹凸でした。ある一定の間隔をあけて一直線に溝が庭を走っており、それは種をまく前の畑のようにみえます。これは「銀沙灘(ぎんしゃだん)」とよばれるものらしいです。

銀沙灘(ぎんしゃだん)

銀沙灘(ぎんしゃだん)

銀沙灘は職人が毎朝作る

わたしが庭を訪れた時、ちょうど職人さんが作業をしていました。銀沙灘(ぎんしゃだん)は材質が砂なので、時間がたつと崩れてしまいます。なので、職人さんの手で毎日々作りなおしているそうです。わたしはしばらくその作業に見入っていました。職人さんが使う道具はシンプルで、鍬と竹箒だけでした。職人さんはそれだけの道具で、手際よく、どんどん銀沙灘(ぎんしゃだん)を作っていました。作業自体は単純作業なのですが、職人さんのその仕事にむける熱量がとても高くて、なにかしらの伝統芸能を見ている気分になりました。

作られていく銀沙灘(ぎんしゃだん)

作られていく銀沙灘(ぎんしゃだん)

庭は一ヶ月周期で新品に

後で調べたことによると、銀閣寺の職人さんたちは、雨や風によって傷んでしまう庭園を1カ月に1回作り変えてしまうそうです。まるで人間の身体の細胞が数年ですべて入れ替わってしまうのに似ているなって思って、すごいなと感じました。 また、帰り道に、鉢植えのまま地面に植えられた苗木を見つけました。これは成長速度を調節してサイズを抑えたり、水やりを簡易にするためなんだそうです。そんな風に、いろんな技術や知恵が投じられて、このなんともいえない雰囲気のいい庭が出来ているのだと、じわじわと感激しつつ。 そんなこと、いったい誰が思いついたのだろう。なんて思ったりしながら、技術も知恵も時を超えて、いま目の前にあることをとても素晴らしく思いました。

苗木

苗木