筋肉の不要な『緊張』は身体を動かすときの『ブレーキ』になる

先生からアレクサンダー・テクニークのレッスンを受けると、肩のこわばりが軽くなったり、腰痛が緩和されたりと、身体にとってうれしいことが起こります。

ある日、私は先生からこのアレクサンダー・テクニークのワークを受けた時、とても軽やかに歩くことが出来ると感じました。

そこで先生に、どうしてこんなに軽やかに歩くことができるのですか?と尋ねました。

先生は、筋肉がしている不要な緊張を「やめた」からですよ、という答えが返ってきました。

どうして、自分がしていることを「やめる」必要があるのだろう?

わたしの頭のなかに?マークが生まれました。

軽やかに歩いたからには、軽やかに歩く方法があるわけで、先生はそれを教えてくれたらいいのにどうしてハッキリと教えてくれないのだろう?

レッスンの次の日、私は仕事場へ行くために自転車に乗りました。

いつも思うのですが、レッスンの次の日は身体が軽くて動かしやすく、自転車もスイスイ動くなーと、目的地に向かいました。

そのときにハッと、先生の言っていた「やめる」という意味が分かりました。

それは、以前に自転車がパンクした時のエピソードを思い出して、納得ができたからです。

それは自転車のタイヤがパンクしたので、自転車屋にいったときの話です。

修理のために自転車屋さんにいったとき、パンクの原因は尖ったものか何かを踏んでしまったためだと、私は推測していました。

ところが自転車屋さんによると原因は違うところにありました。

私の自転車は何かの拍子に壊れ、常にブレーキ掛かっている状態になっているそうです。

その状態で無理にペダルをこいだため、ブレーキとタイヤが常にぶつかり合い、擦れ、最後にはタイヤに穴が空いてしまった、ということなのだそうです。

これはアクセルとブレーキ、相反する事をしてしまったために起こった事件でした。

このエピソードを思い出し、先生が言っていた「不要な緊張をやめる」というのは、身体のブレーキを外すことなのだなと、納得に至った訳です。

このときの自転車屋さんの言葉が耳に残っています。

自転車屋さんは次のように言いました。

「ブレーキの調子がおかしいことに早く気づいて店に来てくれたら、タイヤを交換しなくてすんだのに」と。

私がブレーキの以上に気が付かなかったのは、自分の自転車の乗り心地はこんなもんで「漕ぎにくい」とすら思ってなかったからです。

同じように身体の不要な緊張も、自分ではなかなか自覚できません。

そのためにアレクサンダー・テクニークのワークでは、その当たり前だと思っている身体の緊張を一度やめてもらいます。

そうすると、ブレーキを掛けていない、楽で自由な身体の状態を体験できるのです。

みなさんも一度、自分の身体のブレーキを外してみませんか?